課題

2016年3月22日 2:48 PM

本日は課題について話したいと思います。
先日指導力・指導について話しました。
指導をする為には課題を見つけなくてはいけません。
課題とは定義すれば『解決しなければならない問題』です。

では問題とはどういうことでしょうか。
ビジネスの現場における問題とは現状と目標との差異です。
つまり私達は定めた目標と現状との間に差異-ギャップが生じるとその状況を
問題だと認識するのです。

本日はそこから一歩進めて課題について考えます。
課題とは問題を解決する為に行動を起こすことを意思表明したものです。

幾ら課題だ課題だと騒いでも『やるぞ』という意思表明をしなければ意味がありません。
問題は主体的に解決する意志を持って行動を起こすことにより解決に向かうのです。
それが課題化ということになります。

課題をやるに当たり問題解決のプロセスを考えます。

まず1番目は問題の認識です。
課題を捉える時には『これは問題だ』と認識することから始めます。

例えば健康診断で体重が100キロで肥満という診断を受けたとします。
170センチの人なら63キロ。180センチの人なら72キロが標準体重とされています。
100キロなら身長は2メートル以上なければ肥満ですが実際そんな身長が高い日本人は
殆どいません。
よって体重100キロは問題です。

2番目は現状分析、課題の明確化です。
これはどういう現状なのかを明確にすることです。
先の例で言えば肥満により引き起こされる症状にはどんなものがあるかを明確にします。
肥満が引き起こす病気には有名なところでは高脂血症や糖尿病などがあります。
糖尿病患者は日本人には2000万人いると言われています。

3番目が目標-ゴールを設定することです。
例えば100キロの人が80キロという体重を目標に設定したとします。
そうすると20キロの減量が必要です。

4番目に実行計画の策定。
肥満の場合は食事制限、カロリー制限、規則正しい生活、定期的な運動などが考え
られます。

5番目に策定した実行計画を実行する。
この実行というのが5W2Hです。
誰でも策定まではやるかも知れませんが果たしてどれだけの人が実行するでしょうか。
そこで私が常に言っているリアリティが必要になります。

いつやるのか-朝やるのか昼やるのか。
どこでやるのか-会社でやるのか自宅でやるのか。
何をやるのか-食事制限か運動か。
どの位やるのか-運動をするというなら1時間か30分か。
どうやってやるのか-ジムに行くのか、マラソンをするのか、体操するのか。
そういうことを決めないと話になりません。

私は5W2Hについてこの10年一貫して言い続けていますが中々浸透しません。
それは結局頭にインプットされていないからでしょう。

余談ですがアメリカでは体重が100キロの人は上場会社の役員や経営者になれません。
煙草を吸う人も同様です。
セルフコントロール出来ない人を会社の重役につけても会社は良くならないという考え
なのです。

6番目が検証する。或いは習慣化する。
これはチェックと言う検証をやっているかどうかです。
血圧なら毎日計る。体重もです。
必ず毎日変化が出ています。

繰り返しになりますが指導とは課題を与えることです。
そして本人が課題を持たねばなりません。
課題を持つためには問題を認識しなければなりません。
課題には必ず現状とあるべき姿があります。
それを薄めるのが問題解決です。

そこを認識して人間はどんどん進歩して行くのです。
『ここまでで良い』ということはありません。
人間は常に学ばねばなりません。
人間は若い内は愚かなものなのです。課題を持ち問題解決を図ることで少しずつ
成長するのです。

皆様もまずは自身の問題を認識することから始めてみてはいかがでしょうか。

指導力

2016年3月7日 3:42 PM

本日は指導力について話したいと思います。

指導とはある意図された方向に教え導くことです。
これに力をつけて指導力となります。

指導するにあたって重視することが幾つかあります。
それは指導している時間を指導する側もされる側も無駄にしてはいけないということです。
所謂お説教。これは正に時間を無駄にする行為です。
説教をするのは最も駄目な指導者と言えます。

指導するには適正な負荷を相手に与えなければいけません。
ノルマなど出来もしないことを『やれ』と言ったり未だ能力の未熟な人に対して
過大な成果を期待するのは指導に値しません。

指導は指導者の押しつけではなく、また指導者のコピーでもありません。
『俺のやるようにやれ』『俺を見習え』は指導ではなく押しつけです。
指導する部下の負荷を調整して結果を分析してあげる。
その指導を納得させ次にすべきことを考えさせ話し合いそして新しい負荷を用意する。
つまり指導力とは適正な負荷をかけてあげる力です。これが大事なのです。
往々にして『指導している』と言って全く指導になっていないことがあります。
それはその人の能力に合った負荷をかけてあげることが出来ていないということです。

良き指導者はサポーター或いは良き理解者に徹することが大事です。
指導者と言うと『俺の言うことを聞け』『俺が一番偉い』『俺の言う通りにすれば
間違いない』などと言う人がいますがこれらは全て間違いです。
これでは独裁者です。独裁者は指導者にはなれません。

一歩離れ外側から見てアドバイスをする。
本人が適正値を見つけることが出来るよう離れてみてあげる。
そして最終的に自立させる訳ですが指導される側が自ら目標を立てられる様になれば
きちんと指導していると言えるでしょう。
目標を勝手に立てて『やれ』というのは指導ではありません。
何度も言いますが押しつけです。

指導者にも指導される側にも大切なことがあります。
それは速さを身につけることです。
これは指導力とは関係はありませんが仕事に於いて一番大事なことは速さを身に
つけることなのです。
幾ら大学や専門学校で勉強して知識を得ても知識だけでは勝負には勝てません。
現場に飛び込んでいく行動力や状況を見て判断する嗅覚が必要になります。
或る意味では馬鹿に徹することです。
頭で考えてばかりいないで馬鹿に徹して場数を踏んで行くことが重要になります。

頭で考えることを優先している内は速度は上がりません。
指先や手先に落とし込んで或いは五感を使って反射的に速度を上げ五感を使って
確かめるのです。
状況判断というのは極めて感覚的なことです。
そういうことが出来るようにならないと仕事は全く捗りません。

ではそうなる為にはどうすれば良いのでしょうか。
先ずは決めてから考えることです。
『こうやろう』と決め、後から考えるのです。
考えてから決める人はいつまで経っても進歩しません。
『どうしようか』とか『やったら得か損か』などと頭で考えているだけでは前に
進んで行きません。
とにかくやる。
やってからどうなるかを考えるのです。

『やる』とはどういう仕事であれ目の前にあることを迅速に処理することです。
余計なことを考えず処理することに専念する。
目の前にあることをぱっぱとやるのです。

しかし目の前にあることを処理してばかりいると限界が来ます。
そして自己満足に終わる可能性が高くなります。
従って事前に警報を設置しておく必要があります。
目の前のことに集中していると調整機能が働かなくなり独断的に仕事が進んで行きます。
自分は偉いとか自分は出来ると錯覚するのです。
仕事は目の前にあることだけをやってれば良いということではありません。
少し休んで全体を見て考えることも大事なのです。

また判断する必要がないものは定型化しておくことも効果的です。
つまりフォームを作って迅速に処理することが出来るようにするのです。
考える必要が無くなるので他の人に頼んだりシステムに置き換えてやれる様になります。
存外判断する必要のない仕事を自分の得意分野と思い込んでいる人は次に行けない
ものです。
それは定型化して他人に任せても良いのです。
そして自分は次の仕事に向かうべきです。

また業務というのは基本的に完璧を求めると敗北します。
何故敗北するかと言えば迷って分からなくなるからです。
有名なパレートの法則というのがあります。
これは全体の20%が殆どを決めているというものです。
例えば『仕事の成果の80%は費やした時間の20%から生まれる』ということが言われて
います。言い換えると20%の力で80%の仕事をやっていることになります。

全てに完璧を求めるから上手く行かないのです。
欲張らずにやれば80%位は出来るものです。
これはゴルフスイングでも同じで基本をわきまえて軽く振れば80%位は飛びます。
これを完璧にやろうとすると100%飛ぶこともありますが30%しか飛ばないことも
あります。

100%の力で1回やるのと20%の力で5回やるのとでは理論上は使う力の量は同じです。
しかし20%の力で80%の仕事が出来るのであれば5回やれば400%の仕事が出来ます。
100%1回を一生懸命やるより効果が大なのです。

精度を調整することも重要です。
速さに対する最大の敵は迷いです。
迷いが生じるとスピードが極端に落ちてしまいます。
さっさと決めて前に進むと完成に近いものが出来ます。
それをカスタマイズして行く方が簡単なのです。
完璧を求める人は大体仕事が遅いものです。

部下を指導する上で考えるべきことは6つあります。

一つ目は自分との関わり。
これは指導者のことですが自制心-セルフコントロール出来ている人でないと
指導者になってはいけません。

二番目はチームとの関わり。
どうチームのマネジメントをするか考えなくてはなりません。

三番目はメンバーとの関わり。
どう部下との関わりをするか考えなくてはなりません。

四番目は上位者・他チームとの関わり。
つまり上位者他チームとどう関わるかです。
自分のチームのことだけ考えると独善になってしまいます。

五番目は仕事との関わり。
これは正に業務管理の問題です。

最後にコミュニケーションの関わり。
コミュニケーションをどのように位置付けるか。
コミュニケーションは色々ありますが自分のチームにおいてはどう位置付けるか
考える必要があります。

そういったことが出来ないと指導者になれません。
指導者になれない人に指導される側はたまったものではありません。
それでは永久に力を発揮出来ません。

我社はそういうことを無くしてマネジメント力を身につけましょうと言っています。
皆様も-指導する側の方もされる側の方も、指導力について今一度考えてみては
いかがでしょうか。

マイストーリー

2016年2月22日 9:00 AM

本日はマイストーリーについて話したいと思います。
マイストーリーとは自分の物語を創ることです。

人は物心ついた頃から夢や希望-芸術家やアスリートになりたいという願望を持ち
それが実現するストーリーを夢想します。
それとは異なりある程度成長し社会人になる頃から始まるストーリーもあります。
私の場合は17歳で小説家を目指したところから始まります。

自分のストーリーを考えるのは私が常に言っている計画を作ることと大体似た様なものです。
マイストーリーはどれだけ正確性があるかが重要です。願望ではないからです。
1年後、2年後、10年後、或いは生涯。どれ位のスパンで考えることが出来るか。
そのスパンによってその人のキャパシティ・潜在能力をはかることが出来ます。

私を例にとれば17歳で小説家を目指し50年経った今も格闘しています。
中々納得出来る結果が出ていませんが諦める気はありません。
それだけ執着心が強いと言えます。

例えば戦時中であれば国の為に兵士になることを強制されました。
自分が望むと望まないとに関わらず社会の変遷によって自分のストーリーは変更される場合があります。
今の時代は両親や国家がどうだという封建主義社会ではありません。
親が反対しているから駄目ということはないのです。
結婚にしてもロミオとジュリエットの様な『家同士の対立関係から結ばれるには心中しかない』というような制約はありません。

自由な時代であるからこそ何でも出来ると言えば出来ます。
実際進学については昨今言った自制心-努力さえすればある程度希望する学校に合格出来る筈です。
しかし就職はどうでしょうか。
希望通りの企業に就職出来たという人は恐らく1割もいないでしょう。
どの業界でもトップの会社に受かる人などわずかです。

私はと言えば大学卒業後に当時8番手の生命保険会社に入社しました。
その時業界1位の会社に入りたかったかと言えばそうではありません。
今思えば就職に対する意識そのものが低かったのです。
私の同期も大半の人は希望通りの就職はしていません。

縁あって或る会社にお世話になることになった-それがストーリーの始まりです。
最初から独立する人は殆どいませんし20代前半で独立して成功した人は少ないと思います。
大抵の人は会社勤めをすることになります。

では会社に入って『こういう仕事をしたい』というストーリーを描いたとしてそれは実現するでしょうか。
例えば技術職の人は『技術の仕事をしたい』と言うこと自体は叶えられることが多いでしょう。
しかし自動車会社に『エンジンの設計をしたい』と言って入社したのに実際に配属されたのはメンテナンスや試験の部署だったとはよくある話です。

自動車会社に入ったからと言って希望の設計部署に入れるかと言ったら殆どの人はそうではありません。
希望はことごとく破られるものなのです。
実際会社には『こういう人はこの部署に入れよう』という会社の方針や上層部の方針があります。
面接等を通して人事部に自分の希望を聞いてもらえますが実際それが実現することは少ないのです。

私の場合は最初の会社では希望が実現した時期もありました。
その時は良い気持ちで働いていました。
しかし希望通りの部署に入れたからハッピーかと言えばそうではありません。
嫌な上役がいてなかなか思うとおりに進まなかったり、
任せられた業務が自分には荷が重かったりする場合もあります。
ではそうなった時にどうするか。

配置転換を願い出るか辞めるか。発生する選択肢で自分のストーリーは揺らぎます。
そういう時に貴方には私がPDCAと言っているCの部分すなわち「Check」
『自分の実力』はいかなるものかと評価してくれる人がはたして周囲にいるでしょうか。
或いは親切に指導してくれる人はいるでしょうか。
例えば『自分は上司から苛められている』と言ったらその理由を教えてくれる様な人。
『貴方の実力はこの位です』と言ってくれる人がいれば教えを乞いそのアドバイスを聞いて『もう一度やってみよう』という気になれる人が側にいるでしょうか。

大抵の人は何らかの職を得て組織で生活して行きます。
よくよく考えなくてはならないのは転職です。
転職の理由は人それぞれですし私も2回転職しました。
1社にずっと勤め上げるのが良いことであるかは人それぞれであり個人の自由です。
ただ『自分がどうしたいか』というストーリーを描く中で転職或いは在職の結果が
ストーリーを叶える方向に行くか否かということは考えて頂きたいのです。

ストーリーを作っても恐らく99%以上はその通りには全く行かないと私は思います。
そうなった時にストーリーの変更をするかどうか。
往々にしてストーリーを変更すると次第に消極的になって行きます。
これは別に悪いことではありません。例えば『子供が立派に育ってくれれば良い』という親心は尊いものです。
しかし自分は犠牲になっても良いというのは私は違うと思います。

自身の欲望に対して貪欲な追求がなされているか。
これはエゴイストということではありません。
『自分がこうなりたい』ということに対する執着心があるかどうかです。
現在の状況がその欲望に対し良い状況なのか悪い状況なのかよく調べ、悪い状況であればどうするか考える必要があります。
例えば会社であれば辞めるのか残るのか考えます。
しかし悪い状況と言ってもよくよく考えれば本当にそれは他者の所為なのでしょうか。
自分には全く原因は無いのだろうかと思い返す必要があります。
私の場合は大体自分に原因があります。
大抵の人は自分に原因があるものです。無意識に自分を甘やかしているのです。

今年に入っての急激に景気が変動しています。
こうした世の中では自分をどういう風に生きて行くのか、どういう計画を立てるのかということは常に点検した方が良いでしょう。
その為には誰か-昔であれば師となる人、今なら友人や配偶者、そういう自分を客観的に見てくれる人を持つことです。
そういう存在がいない人は恐らく不幸です。
そういう人を見つけて自分の欲望(綺麗事を言っても結局欲望なのだと思いますが)
それを自らの力で叶えることに邁進して頂きたいと思います。

出来心

2016年2月8日 3:12 PM

本日は出来心について話したいと思います。
出来心とは悪いことをしようとする心です。
急に出来てしまった心、計画的ではなくその場で急に起こる良くない考えのことです。
要するにふと湧く悪い気持ちのことで一般的には万引きや痴漢の初犯の言い訳として
使われる場合があります。

出来心は違う言葉で言うと衝動。
これは強い必要性及び願望に対応する生理状態です。
自然発生的に不合理な強い動機が起こるのです。
例えば衝動買いという言葉がありますがこれは『あれが欲しい』と思うと見境なく
買ってしまうことです。よくあるのがバーゲンセールでの衝動買いです。
半額だの7割引きだの見てしまうと大して欲しい訳でもないのに買ってしまって後から
『必要でなかった』と後悔します。

万引きや信号無視は『誰も見ていないから許されるだろう』という気持ちから起こる
行動でしょう。
人間にはそういう衝動が起こる時があります。
これは一般的には『魔が差す』という言葉を使います。
魔がさすとは悪魔が心に芽生えるという意味です。
通常は善人である人が一時だけ悪が心に入ってそそのかした為に悪いことをしてしまう
ことです。

衝動と同じ意味でもっと根源的な言葉は衝迫です。
これは本能的な動機、或いは突然の欲求・欲望のことで、自分が本能的に持っている
衝動です。

出来心に近いのが悪心です。
これは根源的に厳しい言葉で、恨みを抱き続け悪事を働こうとする邪な心のことです。
恨みを抱き続けいつか仕返しをしようとか悪いことをしてやろうとか思っていること
です。

人は常に頭の隅で良くないことを考えていますが通常はそれを理性が抑えています。
それで逮捕されたら将来が無いとか家族に迷惑がかかるという理性が衝動を抑えて
いるのです。
しかしそうした社会性が無くなると人間は比較的衝動の赴くままに行動します。

社会性があっても人間は衝動的に何か悪いことを起こす誘惑に駆られることがまま
あります。
そしてそれにより簡単に滅びます。
悪いことをすれば逮捕されます。
逮捕されるとそれがその後の人生に多大な影響を及ぼすかも知れません。
それで改心し反省してまっとうな道に行くかも知れませんが。

人間にふと訪れる出来心や悪心、衝動や衝迫と言った気持ちはその人が常に何か
考えているから発生します。
全然考えていない人は万引きしようとは思わないし痴漢しようとも思わない筈です。
自分の要求があるからそうなるのです。

ではそうした要求が起こるのはどうしてでしょうか。
それが一種のストレスで起こることがあります。
気を張って生きている人がふっと気が緩んでそんな悪い事だと思わずにやってしまう。
多忙で金持ちで幸せで…そういう何不自由ない人がふと万引きしたりするのはそうした
ことが原因かも知れません。

常に悪事を働いている人は悪事が商売だから出来心なんてことはありません。
反対にそういう人は偶に良いことをしてみようと考えるかも知れません。
そうすることで『自分は悪人だが良いことをすれば気持ちが良い』という満足を得る
かも知れません。

出来心で何かやってしまったことは誰しも少年・少女時代から振り返ればきっと
何かしらあるでしょう。
例えば昔は痴漢は大して処罰されなかったこともあり痴漢など犯罪ではないという様な
風潮がありました。法律的な縛りが薄いとそういうことが罷り通ります。
昨今はそうしたことはありません。

では法律的な縛りがあるからそういう気持ちが抑えられるのでしょうか。
それもあるでしょうがそれだけではありません。
人間は常にレールの上にいます。
レールとは私に言わせれば計画です。PDCA-計画を立て実行しチェックして改善する。
軌道が真っ直ぐだとそういう気持ちは入り込む余地はありません。
しかし迷っているとそれが揺らぎます。

迷いが生じるとはどういう状態でしょうか。
これは恐らく自分が立てた計画-レールを実行するに当たり本当の自分の気持ちが入って
いない状態です。辛いからと逃げようとしているのです。

悪い心-出来心とか悪心。これを極力ぐっと堪えて排除するのです。
人生は自分が望むと望まざるに関わらず他者によりひっくり返される場合も多いものです。
しかし幸か不幸かは本人が決めることです。

出来心は地位や年齢は関係なく誰しもが持つ可能性があります。
誰しもが持つ気持ちを鎮める為には真っ直ぐ前を向いて自分のやるべきことを決めて
精進をすることが大切です。

『出来心でつい』という言葉を使うことの無いよう気持ちを強く持って邁進して頂きたい
と思います。

自制心

2016年1月18日 2:46 PM

本日は自制心-セルフコントロールついて話したいと思います。
これは非常に重要なことです。
自制心を定義すると『自分自身の感情や欲望などを上手く抑えたりコントロールする
感情や精神力のこと』であり単純に言えば『自分の意志で感情や欲望を抑制すること』
です。
更に詳しく言うと『直接的な外的強制力が無い場面で自発的に自己の行動を統制する
行動が出来ること』となります。

自制心が無い人は大抵失敗します。
成功者や上手く行っている人は極めて自制心が強いものです。

自制心が強い人の特徴を何点か挙げてみましょう。
単純な所では食べ過ぎ飲み過ぎをしないこと。
健康管理をきちんと出来るのが自制心の強い人です。
飲み会に行ったら2次会3次会にも参加して大酒を飲み締めにラーメンを食べる…こんな
人は自制心がありません。
更に二日酔いで朝起きられないなど大変に宜しくありません。

自制心が強い人は朝に強いものです。
目覚ましが鳴ったらぱっと起きます。
反対に目覚ましを消して二度寝をする人-寒いから布団から出たくないとだらだらして
いる内についつい寝てしまう人は自制心がありません。
総じて成功者は朝が早いものですがそれは自制心が強い為でしょう。

朝寝坊や遅刻をしていては成功の見込みはありません。
これは若者にはありがちなことですが実は最悪です。
かくいう私も20代の頃は寝坊もしましたし遅刻をしてしまった経験もあります。
だから当時は良い成果を出すことが出来ませんでした。

かと言って若い頃から自制心がある人が成功するかと言えばそれはそれで難しいの
です。
自制心だけで成功しません。

また浪費をしないのも特徴の一つです。
自制心の強い人は金銭面でもセルフコントロールがしっかり出来ます。
例えば賭け事。
賭け事は必ずしも悪い訳ではありません。
成功者がギャンブルをしないかというと全くそうではありません。
しかし彼等はギャンブルの限度というものを持っておりその限度を超えてやることは
しません。

自制心の強い人とそうでない人の差が出るのはダイエットや受験です。
ダイエットや受験は自制心そのものです。
欲望を押さえて暴飲暴食をしない。勉強をする。
能力は関係ありません。
受験は自分一人の世界ですからセルフコントロール出来る人は大抵希望の大学に入る
ものです。
しかし社会人になるとそうは行きません。
他人の作用が入って来るからです。

それでは自制心が強い人とはどういう人でしょうか。
それは私が常に言っている-我社の社是とも言えることですが、達成したい目的が
ある人です。
達成したい目的があるから、だから誘惑に耐えるのです。

或いは過去に目標を達成した経験がある人も同様です。
努力や忍耐によって手に入れたものがあるという経験・体験。
これは先述の通り受験などが該当します。
1年頑張ったから目的の大学に入った。これは努力と忍耐の結果です。
欲望を押さえたということです。

目標がない人は自制心を強要されるいわれはありませんから好きなように生きれば
良いでしょう。しかしそれは敗北に繋がります。

反対に自制心が弱い人はどういう人でしょうか。
それは目的の明確化とそれによる小さな成功体験を味わったことのない人です。

つまりどんな人でも小さな成功体験を積み重ねて行けば自制心は徐々に養われるのです。

自制心を鍛えるコツは幾つかあります。
1番目は単純ですが小さなことから止めてみることです。
例えば普段やり過ぎていることを1週間止めてみるという実験をするのです。
テレビを観すぎているという人はそれを止めてみる。
テレビを1週間観なくても支障を来すことはありません。
或いは業務外のスマホを止めてみる。
習慣的に見てしまいたくなりますがスマホに邪魔される時間は膨大です。

2番目は上手く気を紛らわすことです。
集中ばかりすると疲れてしまいます。
衝動的に物事を行ってしまう人はその悪い選択を断ち切って例えば散歩や運動をすると
気が紛れて効果的です。

誘惑を断ち切るということが大事です。
人は目先の楽しみについつい没頭し易いものです。
例えば投資家が株価の上がり下がりという短絡的なことに気を取られ一喜一憂して
しまう。
感情的に誘惑の対象をとらえてしまって冷静な社会的知識に基づいた行動をとらない。
長期的展望に立ち目先の誘惑に打ち勝つ必要があります。

最も大事なことは不安を持つことです。
不安は自制の為の効果的な手段です。
例えば煙草。
煙草を吸い続ければ肺がんになると言われています。
実際になるかどうかはさて置きそうインプットされています。
インプットされると人は喫煙を止めます。

自制のし過ぎもまた注意が必要です。
自制心ばかり強い人は何も出来ません。
我慢はしなければなりませんがしかし例えば無理なダイエットが良い訳がありません。
遊びたいのに全く遊ばないという状態が続けば精神的バランスを失って行きます。
自制のし過ぎにも注意した方が良いのです。

自制心が強い人程幸せになれるとアメリカの調査では出ています。
また自制心の強い人は成功者が多いです。

若い内は自分の衝動に任せて行動し失敗することもままあるでしょう。
しかし30代・40代になれば目的を持ちそれを達成する為に自制心を持つということが
求められます。
これが教育の原点だと私は思っています。

皆様が成功者になりたいと思うならば自身の自制心について考えてみてはいかがで
しょうか。

経済

2016年1月5日 3:34 PM

明けましておめでとうございます。

本年の経済の展望について話したいと思います。
各新聞やテレビ等々で今後どうなるかが取り沙汰されていますが様々な意見がある様です。

先ず為替と株価について。

株価は世界的に触発されてアメリカ・ヨーロッパ・日本とも暴落しています。
これはどうしてかと言えば先に中国が大暴落した為です。
あまりに下がるのでブレーカーという制度を用いて取引を停止してしまいました。

またサウジとイランの国交断絶。
これはスンニ派とシーア派の争いですが中東に新たな火種が燻っています。
そこにイスラム国との関係も絡んで来ます。
イランはイスラム国寄りでサウジはイスラム国を排除する立場です。

こうした地政学的なリスク等々もあり不透明感から年末から年始にかけてアメリカの
NYダウは大幅に下げました。

昨年12月30日の円は1ドル120円30銭、日経平均株価は19,000円台というまずまずの
大納会で証券会社もほっとしていました。
しかし年が明けて円は1ドル119円、株は18,000円を割ろうかという場面もありました。

年始にあたっての予想は様々です。
大手証券会社は強気で1ドル130~135円あたりを予想しており日経平均株価は25,000円
とか27,000円を予測しています。
一方外資系の大手証券会社は1ドル105円~110円、株価は15,000円という予想をして
います。
その乖離は物凄い額です。

予想をしている人にも根拠はあります。
大手証券のアナリストの円安株高という予想は、
アメリカ経済が好調である・原油安であるという中でFOMCによる利上げがもう3,4回ある
だろう。
そうすると今0.375の金利が1.5位まで行き日米の金利差が開いて円安になるのではないか。
それに伴い日銀の黒田総裁があと2、3回金融緩和をするのではないか。
という予測から来ています。

一方の外資系大手証券の円高株安予想は、
日銀の追加緩和は全く意味がない。
やっても効果が出ないだろうから円安にはならないし株価も上がらない。
しかし一方では企業の経常黒字が大幅に増加している。
多くの企業が今期も来期も黒字を計上するという予測が立っているので日本の経済は
堅調である。
ということから来ています。
円高になると大体株価は上がりません。
円高株安は連動しています。

また総じて日本の大手企業の社長さん達はおおよそ1ドル120円~123円、株価20,000円
あたりの平均的なところを予測しているようです。
これは数字に根拠がある訳ではなく感覚的に言っているのでしょう。

円が安くなると良いかと言えば自動車産業や大手精密電機関連の企業にあっては海外に
拠点を設けていますから通貨はあまり関係ありません。
反対にあまり円安になると輸入している食料品等が高くなり生活が厳しくなります。

いずれにしても昨年の96兆円という国家予算に占める国債は35%です。
ちなみにアメリカは11%、イギリスが9%です。
リーマンショックの時は30~40%でしたが減らしているのです。
日本だけが増えています。これはおかしなことです。

政府は日本のプライマリーバランス、つまり収入と支出のバランスを2020年に0にすると
言っていますがどうやってやるのでしょう。

また出生率を1.8にすると言っています。今1.3のものを0.5上げる。
これも何の根拠があって0.5上げるというのでしょうか。

保育士の数の問題だけをとっても難しいことです。
折角大学を出て保育士になっても給料が安く重労働で休みも少なく、3年で辞めて
しまう人が多い。大幅に給料を上げない限り保育士は定着しません。
介護離職者を0にすると言いますがそれも無理でしょう。
安い賃金で重労働で休みも少ない。
これも給料を大幅に上げなければなりませんが経営者には上げられません。
給料を助成金の様な形で補助しない限り難しいでしょう。

今後資本主義社会がどうなっていくか。
今日本の平均収入は400万円です。例えば結婚して子供が2人いたら厳しいでしょう。
一方で新興国では中流の人が増えています。
嘗て日本が東京オリンピックをやった頃と同じです。

先進国にあっては格差が開く。
これが資本主義の究極の形だと思います。
日本は豊かさを享受していますが年収レベルではかなり厳しいです。
給料は上がるのかと言えば休みも多いし生産性も低い現状では大幅な上昇は見込め
ません。

余談ですが先進国の中で1時間当たりの生産性が一番低いのは日本です。
残業はしていますが。

そういう現実の中にあって各企業の努力が問われます。
予想はあくまでも予想で、例えば現実に戦争が起こったりすれば変わってしまいます。
世の中には悲観主義者と楽観主義者がいます。
どちらでも良いですがしかしシナリオを持って行動する必要があります。
どちらに行くかなど誰にも分かりません。
しかしシナリオを持った戦い方をしてほしいと私は言いたいのです。

自分・会社が持つ目標に対しどういうシナリオを構築して行くか。
それを邪魔するものがあった場合どう排除するか。
シナリオが狂った場合どういう反撃の手段を講じるか
そういうことを考えないと、ただ漫然と仕事をしているだけでは意味がありません。

今年もそうですが毎年激動の年と言われています。
私が言いたいのは、我々がやるべきことは自分・会社・日本の目標を完遂する為に
あらゆる手立てを尽くすことに尽きるのではないかということです。

我社も目標完遂の為に全力を尽くすことを誓います。
本年も宜しくお願い致します。

評価

2015年12月21日 9:11 AM

本日はPDCAのC-評価について話したいと思います。
評価とは業務の実施が計画に沿っていたかを確認するという単純なことです。
基本的に誰でも計画は立てられるし実行出来るが見落としがちなのが確認・評価です。
ここをしっかりやらないからいい加減になるという傾向が見られます。

PDCAは計画を実行して出来た・出来なかったと言うだけでは全く進歩がありません。
実はこのCのところに大きな進歩が隠されているのです。

評価を行う前に計画を実行した環境について確認する必要があります。
『今回は上手く行った』と言っても他社の結果はどうでしょう。
自分はそんなにやっていないにも関わらず周りの環境が良く偶々出来たということであれば高い評価にはなりません。
反対に環境が悪く他社の結果が非常に悪い中であれば自分の計画が未達でも健闘したと
言える場合もあります。
計画は単独であるのではなく他社や景気とも比較するものです。

最も良い方法はベンチマーキング。
これは他社や他の職種などが上手くやっている所・良い部分を積極的に取り入れることです。
しかし他社や良くやった人の真似をすれば良いと言っても簡単ではありません。
真似が出来ないこともあります。
それは組織がそのレベルに達していないから真似が出来ないのです。
しかし真似が出来ない人はそれが分かっていません。

世の中には評論家的な人がいます。
反対意見ばかり述べたり、問題提起や対策は出さずにけちばかりつける人のことです。
彼等は『会社が悪い』とか『円安だから』と他人の所為にする人は自分に対する反省がなく
自分というものを持っていません。
他人の所為にして自分の責任を逃れるのです。
そういう人についてはもう一度現実に戻る必要があります。

三現主義というものがあります。
これは現場・現物・現実という三つの現を重視する考え方のことです。
現場を見ず数字だけ見ても定性的なものは判りません。
現物-商品そのものを見ることで判ることがあります。
現実-作業をしている現場はどうなのか。

自分の目で見ず数字だけで分析出来るのは相当の眼力がある人だけです。
アナリストや分析学の先生などには可能かも知れませんが素人は現場・現物を見ずして
正しい分析は出来ません。

また『あの人が悪い』など実際に解決策を提示せず悪者をつくるのは何の意味も持ちません。
出来なかった根本の原因は何か、それに対する解決策が提示出来るかということが
次のアクションに繋がります。

Cのところである程度の解決策を出せなければAには結びつきません。
計画について出来た・出来なかったで終わるから解決策を提示出来ないのです。

PDCAという言葉で上滑りして実行の段階で思考停止しては意味がありません。
解決策があるから次の行動があるのです。
それが出来なかったらCの機能は全く欠けてしまいます。
計画を立てて実行してまた再計画して実行して…ではPDCAになりません。

人は往々にして数字だけで物事をみようとしますが数字だけでは相当の達人でなければ
矛盾点を見破ることが出来ません。

例えば昨今の消費者動向では居酒屋は苦戦しています。
しかしとらふぐなど家庭で食べられないものを提供する店は善戦しています。
家庭で買ってきた方が安い様なものは売れず単にお祭り的ムードを提供するだけの店は
段々下火になってきています。
消費者行動が変わって来ているのです。
それを見逃して今まで売れていたからこれからも売れるのではないかと思っている会社は
消滅して行きます。

もう直ぐ新年を迎えます。
私もですが正月になると多くの人がお宮参り・お寺参りに行き願掛けをします。
しかし願掛けをしただけで叶った例はありません。
願掛けは単なる希望であって『どういう努力をしてこういう成果を上げる』ということを
具体的に誓わなければ気休めになるだけです。
『一年の計は元旦にあり』と言いますがどういう方法でやるのかまで書き込まねば
タイトルだけ書き込んだのでは何の意味もありません。

世の中は『そう固いこと言わないで良いじゃないか』となあなあで済ませる人がいますが
それでは成功出来ません。
成功する人は緻密であり且つ反省し且つ失敗もします。寧ろ失敗の連続です。
先日話した通り、挑戦するから失敗するのです。
ですから今年一年を振り返って失敗が多かった人の方が来年に繋がる可能性があります。
小さな成功で喜んでいる人はあまり将来性が無いでしょう。
成功する為には自らハードルを上げるのです。

PDCAは非常に深いものです。
各企業にそれぞれPDCAがありそれぞれ考え方が違います。
例えばトヨタの改善に対するPDCAは非常に的を射ていると思います。
私は我社のPDCAを徹底的にやろうと思っています。
これの完成はありません。連続的な行動だと思っています。
評価や確認ということは非常に奥が深いものです。
これから冬期休暇に入る人も多いかと思いますがこの一年を振り返りきちんと評価を
行って来年に繋げて頂きたいと思います。

実行力

2015年12月7日 8:59 AM

本日はPDCAに関係する実行力について話したいと思います。

実行力とは端的に言えば計画や理論を実際に行える能力のことをいいます。
PDCAの『D』は行動ですが、行動力とは自分の意志を持ちあることを行う能力のことです。
確実に行動に移す力があるのが行動力です。
実行力は単なる行動力と違い冷静に状況を判断し進めていくことが必要です。
つまり行動力の積み重ねが実行力に繋がって行くのです。

漢字を見て頂きたいのですが行動とは『動き行うこと』です。
『行動する』とはぱっと反応すれば良い。動けばいいのです。
一方で実行とは『行って実りある』ですから行って成果が無ければいけません。
この様な違いがあります。

私は結果の出る行動力を実行力と定義します。
端的に言えば結果が出なければ行動しても意味がありません。

ゴルフを例に挙げてみましょう。
上手になりたいとひたすら打ちっ放しに練習に行く人がいます。
何もしない、或いは頭の中で考えているだけでなく練習に行くのですからこの人には
行動力はあると言えます。
しかしプロに教わるとか自分の欠点を修正するとかそういう色々なことをやった上で
練習に行くから上達するのです。
矢鱈めったら練習しても上手くなりません。

これは行動力であって実行力ではありません。
実行力を得るには先述の通りプロに習い自身のフォームを矯正するなどの方法があります。
それをやって上手くならないのであれば端的に言うとゴルフに関する能力が無いのです。
残念ながらそこに能力が無い人がいくら努力をしても駄目です。
ゴルフはどんなに練習してもスコア100を切れない人が6割いると言います。
経験年数は問題ではありません。

それぞれ向き不向きがあるのです。
それは仕方ないことです。
向いていることをするべきです。
しかしこれが仕事だとそうはいきません。
もちろん営業に向いているとか人事に向いているとか管理に向いているとか、そうした
向き不向きはあるでしょうが。

いずれにしても行動しないことが一番の損失です。
足が出ないのは勇気が無いのか臆病なのか怠け者なのか。
私はそれは目標が無いのだと考えます。

また失敗しないことは大失敗です。
常日頃から言っていますが多くの偉人は失敗を重ねています。
チャレンジしないから失敗しないのです。

そう分かっていても中々行動を起せない人がいます。
そういう場合はまず行動することを目標としたら良いでしょう。
最初は低い目標からスタートするのです。
足が出ないという人はまず足を一歩出すことを目標とします。
考えるばかりで悩み一歩も足が出ない状況がまずいのです。
例えば朝6時に起きている人は5時50分に起きてみるとか少し変化をつける。
そういった些細な行動の積み重ね・継続が習慣化されて実行という段階に行くのです。

目標を高くし過ぎると人は行動に移せなくなります。
尻込みしてしまうと言いますか目標が高過ぎて足が動かない状況になることがあります。

実行は計画が無ければ何の意味もありません。
計画があってそれを実行する。
実行したものは大抵失敗するから反省する。
反省して再実行する。
これがPDCAです。

立派な経営者の方々もPDCAの重要性について言及しています。
ですから『PDCAを知っている』という人は多いでしょう。
しかし目標の立て方まで理解している人はどの位いるでしょう。
身の丈に合った計画・目標を立てることが重要です。
ただPDCAと念仏のように唱えても何の意味もないのです。

目標と計画は違います。
計画というのはシナリオです。
目標はターゲットです。

例えば『売上50億』は目標です。
計画には色々な要素があります。そうでなければ計画は立ちません。
一方目標は色々な要素が無くても良いのです。

目標を立てるのは簡単ですが計画はかなりの能力が無いと立てられません。
世の中で計画と言われているものの中には目標でしかないものも多く見受けられます。

PDCAは深堀していくと奥が深いものなのです。
上っ面でPDCA、5W2Hと言ってもらっては困ります。
我社では社員にそれを60歳まで勉強して下さいと言っているのです。

成果が出ている人はやることをやっています。
そして努力もしています。
皆様には是非とも力をつけて頂きたいのです。
例えば技術職ならば技術を上げて頂きたい。
しかし技術を上げるのは簡単ではありません。
ちょっと資格試験を受けたり本を読んだだけで上がるものではありません。
血の滲むような努力が必要なのです。

ではやる気というエネルギーを引き出すものは何でしょう。
私は信念だと思っています。
私自身も17歳の時から小説家になると言い続け50年です。
今もそれは変わっていません。

信念と体調が合わさった時最良のアウトプットが出ると言われています。
つまり、

信念×体調=アウトプット

です。
体調が悪いといくら信念を持って実行力を高めても駄目なのです。
ですから健康管理が大切ということになります。
大病に罹ればやる気が出なくなります。
そこまでは行かなくても体調が良くないとやる気が起きないものです。

本年も残り僅かとなりました。
年頭に立てた信念の抱負はどうなったでしょうか。
きちんと反省をし再実行をすることでしっかりとPDCAサイクルを回して頂きたいと
思います。

構想力

2015年11月16日 10:56 AM

本日は構想力について話したいと思います。
構想力とは物事を体系的に考えてまとめ上げる能力のことであり、かなり高い能力を
要求されます。

商品開発において構想設計という仕事があります。
これは商品を体系的に考えてそれを完成品にする能力が求められます。
構想設計が完了した段階で構想設計者の中では既に商品は出来ています。
実務的にはその後の詳細設計・ばらし・公差などで困難を極める訳ですが、構想設計者に
言わせると商品は出来ているのです。

これは小説家でも同じです。
構想力が無い人は小説家になれません。
思いつきとか出来たら良いなとかこうしたいとかこう在りたいとかそれは全部
素人の考えです。

構想力を持つことを私は一番大事にしています。
構想力を持つためにはあらゆる知識が必要です。
それに加えて全ての5W2Hが入っていること。
これが入っていなければ単なる妄想、或いは想像でしかありません。

構想力とは体系的で具体的でかつまとめあげる能力。
こうした能力を私は期待しています。
これは経営者的な能力、或いは管理職的な能力、スペシャリスト的な能力です。

重要なのは長いレンジで物事を考えられる能力があるかということです。
日々の仕事をこなしている。
単年度でこうしたい。
これでは構想力があるとは言えません。

我社は11月末で16期が終わり12月から17期が始まります。
我社では17期から始まる3ヶ年計画を立てました。
3ヶ年の最終年-19期の売上目標は50億円です。

しかし数字は構想力ではありません。
例えば、3年後に誰が幾ら売上を上げるのか。
どういうお客様がどの位いらっしゃるのか。
技術社員は何人でその技術構成はどうなっているか。また給与はどうなっているか。
色々な要素があります。
企画担当とはそれをまとめあげる力を持つ人です。
構想力がない人では不適格です。

来年度は売上目標を38億円としています。
しかし売上だけに邁進するのは極めて営業主導型の会社です。
販売会社ならそれでも良いでしょう。
しかし我社は技術社員を介して売上を上げている会社です。
従って技術者の賃金アップなくして明日はありません。

もちろん全員の給与が同じだけ上がる程世の中は甘くありません。
資本主義社会とはどんな業界でも強い者が生き残ります。
そして残念ながら弱き者を助けるとはならないのです。
それは社会主義に委ねるしかありません。
その仕組みが良いかどうかは私が論じるところではありませんが。

しかし私は努力した人が少しでも報われる会社を創ろうとしてきました。
私は皆が平等なのが良いとは思っていません。
しかし技術社員についても努力をされてお客様から評価頂いた方については報いたいと
思っています。

大企業や官公庁ではエリートと言われるある一定の人達については将来が決まっています。
社長候補・幹部候補は最初から決まっておりその人達は入社した時からエリートコースを
進みます。そしてそれ以外はその他大勢です。それが社会です。
エリート候補になるのは極めていい大学を出て良い成績で入って来た人です。
良し悪しはともかく大企業においては会社が生き延びて行く為に必要なことなのです。

これは中小零細企業ではありません。
会社が5年後のことまで考えてくれるという社員は殆どいません。
ですから我社は5年後の自分はどうなっているのかを考える会社になることを目指したいのです。
とは言え上司とそういう話をしたところで自分に構想力がなければ『5年後にこうなりた
い』と言っても無理です。
経営能力が無い人が経営者になりたいと言っても社員に迷惑です。
マネジメント力が無い人が課長になりたいと言っても肩書だけでは意味がありません。

課長だから偉いと世間は簡単に思ってくれません。
仕事が出来るかどうかが問題であって能力が無い人が肩書を持つと名刺が重過ぎるという
ことになりかねません。

自分の上長と話して自分の能力を一度徹底的に叩き出す必要があります。
自分では『私は出来る人間だ』と思っていても実は意外とそうではないかも知れません。
能力は一度冷静に分析して貰うべきです。

例えば営業成績が良いから能力があるかといえばそうではありません。
私が言っている能力とは構想力です。
構想力は中々持てません。構想力を持っている人は能力があります。

5年後の自分を想像して下さい。
どんな仕事をしていますか。
どんなことに価値を見出していますか。
皆様は答えられますか?

『年収を100万上げたい』は構想力ではありません。
自分が会社にとってどれだけの貢献をするか。それを明確にするのです。

そういうことをとことん追求した人間とただただ真面目に日々を生きるだけの人間
との将来の格差は多大なものがあります。

よくよく上長と話をしその上の役員とも話をしてどういうことを勉強をすれば良い
かをはっきりさせる。
私はしきりに自己啓発と言っていますが中々実行して頂けないのはその人に構想力が
無いからだろうと私は思います。

まだまだ課題はたくさんあります。
是非『伸びたい』と思う方はこうしたことも頭に入れて行動を起こして頂きたいのです。
社会人として或いはビジネスマンとして成長されることを期待します。

自業自得

2015年11月2日 2:49 PM

本日は自業自得について話したいと思います。
これは仏教の言葉であり自分の行為の報いを自分自身が受けることです。
必ずしも良い意味で使われてはいません。

人間の運命は何によって決まるのでしょうか。
一言で言うと自業自得と言えるかも知れません。

自業自得の『業』は仏教で私達自身の行いのことをいいます。
自分の行いにより自分が得るものが決まる。
つまり自分の運命は自分の行いが生み出したものであるというのが仏教の考え方なのです。

元々仏教には『生老病死』-人には生まれること、老いること、病気をすること、死ぬこ
というこの世で免れることが出来ない四つの苦しみがあるという極めて悲観的な考え方が
あります。
それが救済されるのが浄土です。
つまり生きているうちに悟りを開いてあの世で救われるのです。
現世は非常に辛いものである。従って救済されるのはあの世であるというのが釈迦の
教えです。

日本は仏教を受け入れました。
日本の仏教は奈良時代から続いており日本には仏像や寺院が数多くあります。

余談ですが仏教は中国朝鮮を経て日本に伝わりましたが中国は儒教の国です。
儒教は孔子の教えでありかなり合理的な教えです。
実利的、政治経済的教えで仏教の要素は全くありません。
親を大切にしろとか親孝行をしろとか、そうした前向きなことが書いてあります。

儒教は日本には江戸時代に入って来ており多くの武士は儒教を学びました。
キリスト教も信長の時代から日本に伝わっています。
また日本には神道があります。
つまり日本は多神教の国です。
一つの宗教により支えられている国ではありません。

自業自得に話を戻します。
仏教では私達の行いを身体と口と心の各方面から教えています。
身体の上に現れる動作・所作、例えば走ったり殴ったり蹴ったりすることを身業。
言語、つまり悪口を言ったり説明したりすることを口業。
意識・心の働きで起こすこと、つまり心で思うことを意業。
合せて三業と言います。
この三つにより人間は報いを受けるのです。

総じて言えば人間に災いをもたらすものは口と身体でしょう。
しかし仏教では一番重いとされるのは心です。
実際に手で殺すより心の中で殺す方が罪が重いのです
心で思っていることを口に出さない、行動にも出さない、これは仏教では罪が重いのです。
悪口を言ったり不平不満を言ったり或いは手を出すより心の中で恨みを持ち続ける方が
重いのは仏教は心を重要視しているからです。
口や暴力の過ちは改めることが出来ますがしかし心は表に出ません
心-精神で思っていることは容易に変えることは出来ないのです。

一般的には私もそうですが大抵は口で災いして失敗しているものです。
私で言えば自身の発言で上司の恨みを買ってしまったことがあります。
口は災いの元と言いますがこうなってしまうと挽回することは次に余程良い上司に恵まれ
なければ難しいでしょう。

悪口を言えば必ず悪口を言われます。
他人の批判をすれば必ず自分も批判されます。
マイナスなことは言わない方が得なのです。
また暴力をふるえば必ず自分の身に災いが降りかかります。

私は常に目標を持てと言っています。
5年後10年後の目標はあるかと問うています。
そして人間は努力だとも言っています。
『社長はいつも目標と努力しか言わない』と思っている人もいるでしょうが、
実際それしかないのです。
目標が無い人は努力しません。
目標があるから努力するのです。
そして努力をした人と努力しなかった人とでは結果は全く異なるでしょう
これから5年後10年後の自身の姿は正しく自業自得と言えます。

人は何を支えに生きているのでしょうか。
『必ず将来こうなるぞ』とか『こういうことをしたい』とか良いことを考えている人は
良くなりますし、他人を批判したり悪口を言ったり他人の所為にしたり或いは会社を悪く
言うなど後ろ向きな人は上手く行かないものです。

目標を持ちそれに向かって努力をすることが何故大切なのか、自業自得という言葉から
理解して頂けることと思います。

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