優先順位

2013年11月11日 10:53 AM

本日は優先順位について改めて話したいと思います。

12月より我が社の15期がスタートします。
日経ビジネスによると、かつては企業の寿命は30年と言われましたが昨今は18年だそうです。

企業を取り巻く環境は様変わりしておりここ数年はSNSやソーシャルゲーム会社が 急成長して
います。
例えばグリーは創業は7年前。2、3年で売上数百億円に成長しました。
来年は満を持してLINEが上場します。

反対に不振に陥る企業も出てきます。
かつてブラックベリーはアメリカの携帯電話で1位でしたが今や売値がつきません。
世界1位2位だった携帯電話会社がタブレットにより終焉を迎えました。
しかし取って代わったアップルやサムスンの好調がいつまで続くかも分かりません。
経営者は皆危機感を持っています。

企業の目的は企業を永続させること。
これが創業者の使命です。
我が社は来期で15期。 潰しては元も子もありません。
長年社員として関わった方やその家族にも迷惑をかけてしまいます。

企業が存続する為には成長し続けなければなりません。
昔の様に一度ブランドを創れば安泰ということはなくなりました。

良い会社とは何でしょうか。
規模が大きければ良いのでしょうか。
規模が大きいことは立派だとは思いますが、大きさと社員の幸せは必ずしも一致しません。

私が思うに幸せとは能力に見合った仕事を与えられることです。
職業に貴賤はありません。

大会社の社員だから偉い訳ではありません。
偉い人とは優先順位が出来ている人です。
年齢や性別は関係ありません。

優先順位1位の仕事とは最も困難な仕事です。
それに挑戦して成果が出る人が偉いのです。

皆様にも是非来年の優先順位1位-挑戦目標を決めて頂きたいと思います。
もちろん組織の優先業務や定例業務はあるでしょう。
しかしそれが個人の優先順位1位なのかはよく上司の方と検討して頂きたいと思います。
組織にとって『これは中長期的に利益になる』ということを上司の方と見つけて頂きたいのです。

受験など、人生においては『挑戦したが上手く行かなかった』ということは多くあります。
しかし困難なことに挑戦せずして人間の進歩はありません。
挑戦すれば、それが上手く行っても行かなくても、その先には成長があります。

創業から15年。我が社に欠けていることは未だ多くあります。
それをどうして行くかを各部門で考えています。

私はノルマは重視していません。
成果は優先順位を定め一生懸命やれば出て来るものです。

人が成長して行く為には生き甲斐を持ち目標を達成することが重要です。
我が社の社員には来期のスタートに向けしっかりと考えて頂きたいと思います。
皆様も来年に向けこうしたことを一考してみてはいかがでしょうか。

奉仕

2013年10月21日 9:29 AM

本日は奉仕について話したいと思います。

奉仕は英語では service。
奉仕の定義は幾つかあります。
1つは神仏・主君・師などに慎んで仕えること。
熟語の語源はキリスト教や仏教に繋がっていることが多い。

2つは利害を離れて国家や社会などのために尽くすこと。
一般的にいう奉仕とはこの意です。

3つは商人が品物を安く売ること。
小売店等では安売りの品を『奉仕品』と記載しています。

奉仕を深く突き詰めると、『報酬を求めず、他の見返りを求めるものでもなく、私利私欲を捨てた
労働を行うこと』となります。
ボランティアです。

私はロータリークラブに入会しています。
ロータリークラブの一番の目的は企業家として社会奉仕をすることです。
会員の多くは個人的にも寄付という社会奉仕を行っています。

弱者に対する奉仕を考えられるのは何らか安定を得た人でしょう。
もちろん貧しくてもそういうことを考えられる人も居れば、安定していても考えられない人もいます。

奉仕とは額の多少ではなく無私の心です。
人は若い時は自己中心主義にならざるを得ませんが歳を重ねる毎に変わって行きます。

成功している企業人の多くは奉仕の気持ちを持っている人が多いものです。
50代までは働き盛り。企業にとことん尽くします。
60代になると企業だけでなく業界団体の為に尽くします。
70代になると社会や国家の為に尽くします。
ここまで出来る人はかなりスケールが大きいといえましょう。

皆様も奉仕ということについて考えてみて頂きたいと思います。
ご自身が所属する組織に対しては奉仕というよりも組織の発展に研鑽して頂きたいと思います。

幸せ

2013年10月15日 9:49 AM

本日は幸せについて話したいと思います。
皆様大なり小なり幸せは常日頃から感じていることと思います。

幸せの定義の1つに『現状に満足しもうこれ以上の上を目指さなくなること』と いうものがあります。

例えばお金が無くても高価な食事を食べられなくても現状に満足していれば幸福。
反対に現状に満足していなければ、お金が有っても高価な食事が食べられても不幸。

幸不幸は自分次第で大きく変わる。
それはそうでしょう。

ところで幸せとは一体何でしょうか?
上が無いのは本当に幸せなことでしょうか?

幸不幸という概念は自身の過去と今とを比較しているだけの主観に過ぎません。
衣食住が足りていればそれで幸せという人もいます。
美味しいものを食べてゲームが出来たら幸せという人もいます。

私は目標に執着しそれをやり遂げることが満足であり幸せです。

私は現状に満足することが少ないタイプです。
しかし自分が不幸だとは思いません。

『自分はこう在りたい』『こういう人になりたい』という目標を叶えられると 人は幸せになれると
私は思います。

幸せは現状に慣れてしまえば感じなくなります。
全世界規模で考えれば日本に生まれたことは幸せと言えるでしょう。
しかしそれを実感している人がどれだけいるでしょうか?

私は15年前に会社をマンションの一室で立ち上げた時は非常に貧乏でした。
その時と比べれば今は幸せです。
しかし満たされてるとつまらないということもあります。
人間とはまことに愚かなものです。

反対に『過去は良かった』と過去を懐かしんでばかりでも宜しくありません。
この世のものは全て変化して行くから物事に執着すると苦が生じます。
例えば『美味しいものを食べたい』と思う人はそれが出来ないと苦しいでしょう。

仏教では『この世は苦である』と説いています。
『人生とは元々思い通りに行かないものだ』と自分の中の基準を下げると幸せ が見えることもあります。

不幸になるのは何かに執着しているからかも知れません。
あるいは幸せの基準が高過ぎるからかも知れません。

51歳で起業した時、不幸とか幸福とか考える余裕などはありませんでした。
だから幸不幸を論ずることができるのは幸福なのでしょう。

精神的充実は仕事で得られます。
なぜなら1日の大半が仕事に関係しているからです。
だから仕事の遣り甲斐があることが幸せになるのです。

皆様も自身の幸せとは何かこれを機に一度考えてみて頂ければと思います。

試練

2013年10月7日 9:36 AM

本日は試練について話したいと思います。

試練とはキリスト教に根差した言葉で、定義は『信仰・決心のかたさや実力などを厳しく 試すこと。
また、その時に受ける苦難。』です。
試練から逃げると後からより大変な苦難が来るから逃げてはいけません。
反対に試練に立ち向かえばその後は良い展開が待っています。

人生には必ず試練があります。
人はそれを好んではいません。
むしろ可能であれば避けたいと思っている人が殆どでしょう。

私にとっての大きな試練は51歳の時に突然役員を解任されたことです。
また私はその前にも左遷を経験しました。
大袈裟に言えば天が与えた試練。或いはその人が背負った宿命・運命。
そういう試練を乗り越えて現在があるのです。

試練を仕事に関することに限定して考えてみましょう。
我々は多くの時間を会社で過ごしています。
また仕事の為に通勤時間も費やしています。
従って仕事の試練は多くありますが、特にリーダーになったときには大きな試練が 訪れます。

あなたは自身の上司をどう思っているでしょう。
信用しているでしょうか。
部下がリーダーを信用していない組織は不幸です。

リーダーは組織が間違った方向に行きそうになったら正さねばなりませんし、 組織が負けたら責任を
取らねばなりません。
野球でもサッカーでも負けたらそれは監督の責任になります。

リーダー1人で大きな仕事が出来るかといえばそれは有り得ません。
仕事は部下、そしてお客様の協力を得て達成して行くものです。

従って試練から逃げる人にはリーダーの資格がありません。
何かまずいことが起こったら『責任者は私です』と言える勇気を持つ。
それがリーダーです。

リーダーは自分以外のことにも責任を負います。
自分の問題のみ解決すれば良いのではありません。
部下という存在をどうにかするのがリーダーです。

生きていれば試練は必ず来ます。
積極的に仕事を行えば未熟故に上手く行かないことが出ます。
それを執念や努力で何とか克服することが大切です。
それから逃げれば親や他人の所為にする人間になってしまいます。

この世の中何があるか分かりませんが、命さえ取られなければ何でも取り返せます。
命ある限り試練から逃げずに頑張って頂きたいと思います。

ストレス

2013年9月30日 9:36 AM

本日はストレスについて話したいと思います。

ストレスの定義は『生物学的には何らかの刺激によって生体に生じた歪みの状態』で
元々は材料力学上の言葉です。 例えば鉛の棒を両端から押すと『く』の字に曲がる。
これをカナダのハンス・セリエ博士が人間の心理的状態を表す言葉としました。

ストレスの原因はストレッサ―という外的刺激です。

物理的ストレッサー。
寒さや騒音、或いは放射能などです。

化学的ストレッサー。
酸素不足や薬物などです。

生物的ストレッサー。
炎症や感染などです。

心理的ストレッサー。
怒りや不安。一般的にストレスとはこの心理的ストレスを指すことが多いです。

我々は常日頃ストレスを感じていますが心理的なストレスは仲間と話し合うことで
解消 される場合があります。
悩みを聞いてもらい苦しみを分かち合うことでストレスを和らげることが出来ます。

ストレスを感じ易い人は『こうしたら相手が怒るのではないか』というようなこと
ばかり 考えています。或いは良い人を演じたり賢い人間であろうとします。

例えば金メダリスト。
世間から人間的にも高潔であることを要求されその通りに在ろうとし、ストレス過多に
陥りがちになります。

人間に嫌な心理的圧力を加えると自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、
結果的に血圧を上げてしまったり血糖値を上げてしまったりします。

しかし全くストレスが無いことは有り得ません。
良いストレス、適度なストレスが無いと良い仕事は出来ません。
ストレスは辛いことですが。

小説家、プロ野球選手、オリンピック選手等々。
皆重圧を感じながら仕事をしています。

我が社の行動指針の一つである『優先順位1、2、3』。
優先順位1位の仕事とは『最も重要で困難な仕事』である筈です。
1人では出来ない程困難な仕事だから協力者を必要とするのです。
そこの定義が濃くないから優先順位がおかしくなる。

ストレスが無い人は優先順位1位の仕事が無い人か、優先順位1位が間違っているのです。

あなたの優先順位1位は何でしょうか。
是非上司と共に考えて欲しいものです。
そして良い仕事をして頂きたいと思います。

自制心

2013年9月24日 10:46 AM

本日は自制心について話したいと思います。
自制心とは『自分自身の感情や欲望などをうまく抑えたりコントロールしたりする気持ちや精神力の
こと』です。
英語で言うと『self-control』。
また自制心を失うことを『lose self-control』といいます。

刹那的な欲望に流されるのではなくより賢いものを選ぶよう自分をモチベートすることが大事です。

自制心を養うにはどうすれば良いか。
ここで『5つのコツ』というものを紹介したいと思います。

1つ目は訓練。
自制心は訓練しないと養えません。
例えばテレビ。或いはパソコンやスマートフォン等の暇さえあれば見てしまう所謂『中毒』になって
いること。
これをまず1週間止めてみる。
それを1ヶ月続けられたら習慣が変わります。
しかし悪癖は中々治らないものです。

2つ目は気を紛らわすこと。
気をそらすことで衝動のまま悪い選択をすることを防ぐ方法です。
例えばパチンコ。
オープン前から並び夜遅くまでパチンコを打つ。その間ジャンクフードを食べ煙草をふかす。
それを防ぐ為に心と身体を別の事柄に向ける。

3つ目は自制心の使い過ぎに注意すること。
例えばダイエット・節約・禁煙。
これらを急に思い立って実行すると怒りっぽくなったり体調を崩したりします。
適度の食事と運動と睡眠。これが大事です。
そしてあまり完璧を追求し過ぎないことです。

4つ目は自制しない場合のデメリットをでっち上げること。
例えば経済的に苦しければ煙草を止める。
世の中に食事もせず煙草を吸う人はいません。尤も食費を削って喫煙することはあるでしょうが。
また『煙草を吸った瞬間に死んでしまう』と思えば敢えて吸おうとはしません。
経済的に苦しい或いは健康を害すると思えば煙草を吸わなくなります。

5つ目は不安を持つこと。
不安は自制の為の効果的な手段です。
凄く悪い方向に考えると悪い習慣を断ち切る事が出来ます。
例えば暴飲暴食すればどんどん肥満になります。
悪いイメージを膨らませると強烈な自制心が出来ます。
大きな仕事の失敗・大病・経済的困窮を経験するとそのイメージが残ります。
『自制しないとどんな結果になるか』を思い出すことで自制心が強くなります。

人間が生きる上での最低の条件は衣食住です。
往々にして自制心を失うのはお金に余裕が出来たりギャンブルで儲けたりした時です。
何らかの余裕が出た時に自制心を失いがちになります。

失敗には原因があります。
それを改善する為には自身の成長戦略を立てる必要がありますが、それを実行に移す際 重要になるのが
自制心です。
自制心が無ければ失敗を繰り返してしまうだけです。
これを機会に自己をコントロールするということについて考えてみて頂ければと思います。

忍耐

2013年9月17日 10:50 AM

本日は忍耐について話したいと思います。
忍耐とは『苦しさ、辛さ、悲しさなどを耐え忍ぶこと』です。
仏教においては様々な苦難や他者からの迫害に耐え忍ぶことを忍辱(にんにく)と いいます。
この忍辱の行を修することを忍辱波羅蜜と言い六波羅蜜の一つに数えられます。
私達が食べているニンニクの語源はここから来たと言われます。

忍耐というのは西洋古典世界の四元徳の一つです。
四元徳とは、一つは思慮、叡智。
二つは正義。
三つは忍耐、勇気。耐え忍ぶことは勇気とも言われます。
四つは節制です。

徳の反対が悪徳。
思慮の逆は愚昧。愚かな事三昧ということです。
正義の逆は無節操。流され易く哲学も無いこと。
忍耐の逆は臆病。
節制の逆は貪欲。何でも自分の好きなようにやって行く『自分さえ良ければ良い』という考えです。

正義と悪があれば中庸があります。
アリストテレスは徳と悪徳の間に中庸があり、人間の最上の状態は中庸において発揮されるとし
『中庸の徳』を説きました。

忍耐は何もしないことに通ずるという考えがあります。
しかし、じっと耐え忍んでいることは何もしていないのではありません。
いつか花咲く為に耐えているのです。
忍耐は辛い時を耐え忍び、それを糧に希望とか愛とか挑戦とか前向きなことをしていく為にするのです。

スポーツマンでも政治家でも企業家でも、自分が上手く行かない時にどういう風に将来への飛躍を考えるか。

目標が見えない時期こそ忍耐が必要です。 将来を思い描くことが出来ない時期をどう過ごすか。
そこを耐え忍べば目標が見えて来ます。
憎悪や怨恨はいけません。 それを乗り越え自分が思い描くように近付けて行くのです。

皆様もそういう時期はあるでしょうが、人間は生きていれば良い事はあります。
生きている限り手立てはあります。希望はあるのです。

やると言ったことはやる。
それが人生だと私は思います。

覚悟

2013年9月9日 11:12 AM

本日は覚悟について話したいと思います。
『覚悟する』『覚悟を決める』などといった使い方をしますが、覚悟の意味は1つには 『危険なこと、不利な
こと、困難なことを予想しそれを受けとめる心構えのこと』です。
仏教では『迷いを脱し真理を悟ること』。
そして3つ目の意味は『きたるべきつらい事態を避けられないものとして諦めること。 観念すること』です。

従って、覚悟とは悪い意味かというとそうでもなく、腹が据わるとか肝が据わるなど、 悪い事態になることを
躊躇せず物事を進めることの意味が有ります。

しかし覚悟を決めることは日常生活ではあまりありません。

覚悟の例として 吉田松陰の話をしたいと思います。
吉田松陰は1830年生まれ。斬首刑に処され30歳の若さで亡くなりました。
塾を作り高杉晋作や伊藤博文など明治時代に活躍した多くの人物を教育した思想家で あり教育者です。

吉田松陰の一日一言という本があり、その中に『不安と生きるか理想と死ぬか』という 言葉があります。

吉田松陰は死罪覚悟でペリー艦隊に乗り込み密入国をしようとしました。
それを断られ自首した後、長州の萩に幽閉されます。
そこで小さな塾(松下村塾)を開き多くの弟子をとりました。

彼は塾生とディベートをしたり山に登ったり釣りをしたりと行動的な人でした。
当時は清国がアヘン戦争に敗北しており、日本も欧米に負けないよう文明を高めて行か ねばならないと考えて
いました。

彼の言葉に『何事もならぬといふはなきものをならぬといふはなさぬなりけり』という ものがあります。
『何事も出来ないということはない。出来ないのはやらないからだ』という意味です。

吉田松陰は安政の大獄で捕まりました。
江戸に来て老中を暗殺しようとし、島流しにされそうになります。
『自分は老中を殺そうとしたのだから死刑が妥当だ』と言ったところ『刑罰を決めるの は幕府の仕事』と
井伊直弼の逆鱗に触れ打ち首にされました。

斬首刑に処される直前、彼は辞世の句を読んでいます。
弟子宛てのものは『身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』。
もう一つは家族宛て。 『親を思う心に勝る親心 けふのおとづれ何ときくらん』
これは弟子宛てのものと違いまことに親のことを切々とを想ったのでしょう。

吉田松陰は安政6年斬首刑に処されましたが、後に松陰の教えを受けた弟子達が明治を 担いました。
彼は日本の将来を考えに考えた人といえます。
死を覚悟して彼は黒船にて密入国し米国の文化を学ぼうとしました。

私自身は死以外は恐れていません。
損しても取り返せば良い。
やられたらやり返す。
やられるのは挑戦するからやられるのです。 これはいじめとは違います。
人には意地が有ります。 やられると『なにくそ』と思うものです。
人からやられたことが無いというのは挑戦していないからです。

この機会に吉田松陰の書物を読んでみるのも良いでしょう。
人生の中で時に覚悟が必要になることがあります。
150年前の若者の覚悟を知り我が身を振り返ってみて頂ければと思います。

ゴッホ

2013年9月2日 9:23 AM

本日はゴッホについて話したいと思います。
ゴッホは画家です。
生前弟のテオと手紙の遣り取りをしているのですが、その中で『私は絵の中で音楽の様に 心を慰めるものを
表現したい』と語っています。

ゴッホは1853年に生まれ37歳で自殺します。
彼の絵は生きている間にはたった1枚しか売れず、弟テオの援助を受けて生活していました。
今やゴッホの絵には買えない程の値段がついています。
名画と評される殆どの絵はゴッホが死ぬ前の2年程の間に描かれました。

アルルの跳ね橋、糸杉、ひまわり。 これらはフランスの田舎町アルルで描かれたものです。

ゴッホはベルギー近くのオランダに生まれました。祖父と父は牧師。
彼は非常に変わった子供だったと言われています。
画商をしていた伯父の会社に入り16歳で画商になりました。
しかし全く仕事が出来ずクビになり、教師になりました。
しかしこれも上手く行きません。
そして25歳で伝道師になりました。
彼は炭鉱の人々に熱心に伝道活動を行いましたが、彼等に合わせみすぼらしい格好をする などしました。
その行動が伝道師の尊厳を損なうとされクビになりました。

その後どうしようもなくなりパリに出ます。
パリに出る直前一番最初の本格的作品と言われる『ジャガイモを食べる人々』を完成させ ました。
暗い絵で周囲の理解は得られませんでした。
その頃パリでは印象派が流行していました。

ゴッホはパリでも全く売れませんでした。
彼が最も影響を受けたのは浮世絵です。
光溢れる影の無い絵。
パリは寒くて暗くて陰気なところでした。 だからパリの人は南仏に行ってバカンスをします。

ゴッホも南仏のアルルに移りました。
光溢れる世界、黄色の世界。 ひまわりも麦畑もそこで生まれました。
単なるひまわりもゴッホが描くと芸術になります。
赤い葡萄畑はゴッホの生前に売れた唯一の作品です。

ゴッホと交流のあった画家ではゴーギャンが有名です。
ゴーギャンは通常の勤め人でしたが36歳から画家になりました。

ゴッホはゴーギャンとアルルで共に暮らすも2週間で喧嘩別れします。
作風が違ったのです。
その後ゴッホは37歳で自殺するまでの2年程の間で300点位の作品を描きました。

昔は芸術大学などありませんでした。
素人が独学で学び絵を描いていたのです。
そうした人の殆どは恵まれた環境にいた訳ではありません。
後世に残るのはそうした生活の中から生まれた作品なのです。

芸術に限らず立派な人には恵まれない時代を過ごした事がある人が多いものです。
観る者の魂が揺さぶられるのは恵まれている人ではありません。

私は常に人の旬は10年と言っていますがゴッホは2年で描きました。
前述の通りそこに至るまでの苦労は並大抵ではありません。

皆様も追求していればいつか芽が出ます。
腐ったり諦めたりせず前進して頂きたいと思います。

歴史

2013年8月12日 9:23 AM

本日は歴史について話したいと思います。

歴史とは何か。 歴史は英語では『history』、ラテン語では『historia』。
定義は『何かしらの事物が時間的に変遷した有様、あるいはそれに関する文書や 記録のこと』です。
事物は記録として残らねば後世に認識されません。

『歴史』という漢字の意味。
『史』とは『事件、出来事』のことで、事を記す者すなわち史官によって記録 された事。
つまり文字によって記録された全ての出来事を『史』と言いました。
一方『歴』は『経歴』や『暦法』の歴であり人類が経た時間を指しています。

人類史は6500万年前に霊長類が出現したところから始まります。
歴史が始まったのが3000年から2000年前。
明治維新は1868年。約150年前です。 150年前は丁髷を結い『文明開化』と言っていたのです。
そして第二次世界大戦が終わったのが68年前。その時日本には何もありませんで した。
そう考えて行くと今の時代はかなり豊かです。

我々が生きている歴史の一コマは高々100年。
そういう中で生きています。
大きく歴史を捉えれば小さなことに囚われる必要はありません。

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。』という有名な言葉が有ります。
愚か者は自分の経験から学ぼうとします。賢い人は歴史から学びます。

株は必ず下落する。
バブルは必ず弾ける。
一党独裁は必ず崩壊する。

何が真実か見え難い世の中です。
しかし政治家や経営者たる者は決断しなければなりません。
個人も時に決断が必要になります。

その決断の背景に歴史があります。
歴史を学んだ人の決断は重い。
一方世論に迎合する人の決断は軽いものです。

我が社にも14年の歴史が出来ました。
自身の所属する組織の歴史を知り決断することが重要です。
おたおたすることなく所属する組織で自分の責務を全うして頂きたいと思います。

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